えんあん 邵公 しょうこう
汝南郡じょなんぐん 汝陽県じょようけん] (? ~ 009) 
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袁 安(えん あん、? - 92年)は、後漢初期の中国の官僚。字は邵公。汝南郡汝陽(現河南省商水県)の人で、袁安自身を含め4世代で5人の三公を出した後漢時代の名門汝南袁氏の始祖となった。袁賞、袁京、袁敞の父。 生涯 その祖父袁良は孟子の易を学んだ儒者で、前漢末期の平帝のとき太子舎人となり、光武帝が後漢を興すと成武県(山東省)の令にまで昇った人物で、袁安は祖父から家学の孟子易を学び、儒者として学問に励んだ。確かな名前の伝わっていない袁安の父(袁昌?)はおそらく官途についていなかったと考えられ、袁安は若い頃はとくに目立った家ではなかったらしく、はじめ県の功曹をしていたが、西暦60年に孝廉にあげられて官界に入った。 孝廉にあげられたときの逸話として、以下のような話が伝わっている。袁安が官途につかず勉学していたときに大雪があって飢饉になったことがあったが、彼はひとり家に篭って寝ていた。たまたま市中を巡回していた県令が大雪をどけていない家があったので餓死者がいるかもしれないと思って中に入ると、そこは袁安の家であった。

袁安が登場する文献

1-446~447.

袁安の一族

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