りゅうぜん 公嗣 こうし
涿郡たくぐん 涿県たくけん] (207 ~ 271) 
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劉 禅(りゅう ぜん)は、三国時代の蜀漢の第2代皇帝。魏に降伏したため、皇帝としての諡は本来無いが、漢の後継を称する劉淵によって諡を贈られた。 生涯 誕生 207年、父劉備が劉表に身を寄せ、荊州の新野にいた時に側室の甘氏との間に生まれた。翌208年に曹操が荊州を攻めた際に、趙雲に救われ、九死に一生を得た。また父の後妻の孫夫人が、劉禅を連れて呉へ帰ろうとしたことがあったが、張飛と趙雲によって奪還されている。劉備が益州の地を奪い、さらに漢中を攻め取って漢中王になると太子になった。221年の夷陵の戦いにおいては、呉の孫権の征伐に赴いた劉備に成都の留守を任された。劉備が夷陵において敗退すると、益州で反乱が勃発するが、諸葛亮らの働きでこれを鎮圧している。 皇帝即位 223年、父帝の死に伴い17歳で皇帝に即位した。以降は諸葛亮らに政務を任せて国を守った。234年に諸葛亮が死去した際には、劉禅は白い喪服を着て3日間哀悼の意を表している(『華陽国志』「広漢士女」による)。

劉禅が登場する文献

1-228,1-306,1-359,2-150,4-141,4-276~279,4-283,4-300,5-65,5-67,5-72,5-93,5-95~100,5-118~119,5-134,5-141,5-143,5-152,5-185,5-187,5-191,5-228,5-262~263,5-266~267,5-272,5-284,5-287,5-289,5-293~294,5-298,5-304~306,5-309,5-311~312,5-327,5-331,5-333,5-335,5-338~340,5-342~343,5-349~350,5-352~354,5-378~379,5-391,5-403,5-406,5-410,5-426~429,5-431,5-473~475,6-192,7-278.

劉禅の一族

祖父:劉弘
父:劉備 玄徳
弟:劉永 公寿
弟:劉理 奉孝