そんけん 文台 ぶんだい
呉郡ごぐん 富春県ふしゅんけん] (156 ~ 192) 
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孫 堅(そん けん、永寿元年(155年)または同2年(156年) - 初平2年(191年)または同3年(192年))は、中国後漢末期の武将。字は文台。揚州呉郡富春県の人。三国時代の呉を建国した孫権の父。廟号は始祖、諡は武烈皇帝。 生涯 その出自 清代の『四庫全書』の記載によると、孫堅は春秋時代の兵家・孫武の子孫と伝えられているが、彼の父を初めとして、どのような家柄の生まれであったかは不明である。 孫堅が17歳の時、立ち寄った銭唐において、海賊が略奪を行っている状況に遭遇する。それを見た孫堅は一計を案じた。見晴らしの良い位置に立ち、あたかも大軍を指揮して、海賊を包囲殲滅するかのような身振りをしたのである。それを見た海賊たちは、大軍が攻めてくるものと勘違いし、我先にと逃げ出してしまった。この事件で孫堅は有名となり、役所に召されて仮の尉(警察・軍事担当)となった。 各地で反乱鎮圧 司馬(軍事を司る職)になった孫堅は、会稽郡で起こった許昌の乱を鎮圧した。

孫堅が登場する文献

ちくま学芸文庫「正史三国志」の : 1-33,1-498,1-506,2-65,2-68,2-99,3-463,4-259,5-12,5-105,5-250,5-253,6-9,6-31,6-33,6-47,6-50,6-70~71,6-123,6-160,6-239~240,6-287~288,6-291~292,6-308,6-319~320,6-329,6-331,7-12,7-48,7-110,7-112,7-117,7-158,7-160,8-12,8-129.

孫堅の一族

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