司馬しばえん 安世 あんせい
河内郡かだいぐん 温県おんけん] (236 ~ 290) 
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司馬 炎(しば えん)は、西晋の初代皇帝。諡号は武帝。 魏から禅譲を受けて晋を建て、さらに呉を滅ぼして、分裂状態が続いていた中国をおよそ100年ぶりに統一した。しかし統一後は政治への興味を失い、後の八王の乱の遠因を作った。 生涯 皇帝即位 魏の有力者であった司馬昭と王元姫(王粛の娘)との間に長男として生まれた。中撫軍などを歴任した。 若くして「寛恵にして仁厚、沈深にして度量あり」と評され、九品中正制度に基づく郷品を定める際、その出身地の河内郡では比較の対象者がいないというほどの貴公子であった。そのため、祖父司馬懿や伯父司馬師の就いた官職を歴任した。 咸熙元年(264年)に司馬昭が晋王になると、その後継者に指名された。当初、司馬昭は三男の司馬攸を後継者にと考えていた。これは司馬攸が司馬師の養子となっていたためであり、司馬昭は兄の方の家が司馬氏の正統と考えたからである。しかし重臣の反対により、咸熙2年(265年)5月には司馬炎が正式に晋王の世子とされている。 同年8月に司馬昭が没すると、晋王・相国の位を継いだ。

司馬炎が登場する文献

『晋書』帝紀第3 武帝

司馬炎の一族

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