かんへい
本貫不詳 ] (? ~ 219) 
テキストコピー用

ウィキペディア ウィキペディアで 関平 を調べる

関 平(かん ぺい、 ? - 220年)は、中国後漢末期の武将。字は不詳。父は関羽。兄弟に関興。 史実の関平 『三国志』では、220年に関羽の軍勢が荊州において、曹操軍の曹仁・孫権軍の呂蒙らの軍と戦った時に随行し、孫権軍に捕縛され関羽と共に首を討たれたことが、「関羽伝」に記載されているのみである。 後述する小説『三国志演義』では関羽の養子として登場するが、『三国志』ではそういった記述は無く実子であるとされている。 三国志演義での活躍 小説『三国志演義』では、河北の住人である関定の次男として登場する。兄は関寧となっている。 曹操に徐州を追われ、散り散りになった劉備ら三兄弟の再会の場所として、関定の屋敷が登場する。その際、関定が関平を随行させてほしいと頼み込んだため、劉備のとりなしで子がいない関羽の養子となる。 劉備の養子劉封と行動をともにする場面が多く、新野に夏侯惇が攻めて来た際や、益州の地を取りに行くと称し劉備を殺そうとした周瑜を防いだ際、また益州攻略戦への従軍などで描かれている。

関平が登場する文献

5-170,5-172~173,6-85,7-151.

関平の一族

No Data