えんじゅん 孝尼 こうじ
陳国ちんこく 扶楽県ふらくけん] (? ~ ?) 
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袁 準(えん じゅん、生没年不詳)は、中国の三国時代魏から西晋にかけての官僚、儒学者。字は孝尼。豫州陳郡扶楽県(現在の河南省太康県)の人。袁渙の第四子として建安年間(196年~220年)に生まれた。竹林の七賢のひとりである嵆康に師事した。袁準は嵆康が得意とした「広陵散」と呼ばれる琴の曲の教授を何度も願ったが、嵆康は惜しみ、これを教えなかった。嵆康は讒言によって死罪となり刑の直前にこの曲を演奏し「広陵散、今に於いて絶ゆ」と言い残し処刑されたという。袁準は忠信公正で知られ、人に教授を請うことを恥じなかった、世情が険しくなったため、あえて栄達を望まず、多くの著書を残し、治世について談論した。俊才として名声を博し、泰始年間の中ごろには給事中を務めていたと言う。著作に『儀礼喪服経注』1巻、『袁子正論』19巻、『袁子正書』25巻、『袁子集』2巻などがある。

袁準が登場する文献

2-303~304,3-405,5-113.

袁準の一族

祖父:袁滂 公煕
父:袁渙 曜卿
兄:袁侃 公然
兄:袁㝢 宣厚
兄:袁奥 公栄