正史三国志データベース『三国検索』(さんごくけんさく)
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賈龍 (かりょう )男性 [ ? ~ ? ] 出身 蜀郡
蜀郡出身。劉焉が任地の益州に赴くとき、益州では馬相と張祗らは益州の不正政治に対して広漢郡緜竹県で蜂起した。益州刺史の郤倹が殺害され、蜀郡、広漢郡、犍為郡の三郡を破壊した。この時、益州の従事であった賈龍は、私兵数百人をもって犍為郡の東境にいた。官民を配下に治め、千余人の手勢を獲得して馬相らを攻撃し、数日にして敗走させた。これにより益州の州内は平穏になった。賈龍はそこで吏卒を選んで劉焉を迎えにやった。着任した劉焉は緜竹県に役所を移し、離反したものたちを手なずけて受け入れ、つとめて寛容と恩恵を旨とした政治を行った。しかしその間、ひそかに独立の計画を推し進めた。やがてその計画は、張魯を使って長安への通路の遮断をしたり、別のことにかこつけて益州の豪族王咸や李権ら十人あまりを殺害し権力を示す、というように現実のものとなった。犍為郡太守の任岐と賈龍は、劉焉の豪族殺害の事件によって謀反を起こし、劉焉を攻撃したが敗れて殺害された。「英雄記」によると、犍為郡太守の任岐は益州従事の陳超とともに挙兵して劉焉に敗れた、とある。賈龍については、董卓の派遣した司徒趙謙の益州侵攻に対して防衛に向かったが、逆に説得され引き換えして劉焉を攻撃し敗れた、とある。劉焉は賈龍攻撃に際して勇猛な部族である青羌を使った。


賈龍が登場する文献
ちくま学芸文庫「正史三国志」の : 5-14~15.

賈龍の一族

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2019/08/25 Favorite links